洎夫藍
義母が苦手でした。
苦手どころか、「私はあんな風にはならない」とまで思っていました。
もう義母はこの世界にいません。私には、もう償うチャンスはありません。
私が結婚したのは23才の時で、「嫁姑」という言葉さえ知りませんでした。
無邪気に、新しいお父さんお母さんができた、と喜んでいたのです。
でも、義母は私にとって「見た目だけ歳をとった我儘な女の子」でした。
義母の悪口をもう書くつもりはありません。
でも、私は義母の人生を憐れみ、距離をとって生きてしまったのです。
そうするしかなかったのです。
義母が亡くなって数年。
ある日義父の部屋を掃除していると、机に置かれた一冊の古い本に気づきました。
「ああ、それは北原白秋の詩集だよ。良かったら持って帰る?」
興味本位でもらってきたその本をめくってみたのは、それから暫くしてのことです。
綺麗な押絵入りの色褪せた詩集。
旧仮名使いで書かれた詩は、どれを読んでみても、私には意味がわからない。
でも書かれているのは、ショパンを爱する義父が好みそうな、読んでいるとなぜか頬が赤らんでくるような、まるで美しい言葉の旋律のようでした。
その時、思ったのです。
義母はとても幸せだったんだと。
美しい義母は、優しい義父にとても愛され、
きっとこんなにも美しい詩を、読んでもらっていたんだと。
そう言えば、お父さんは今でも義母のことを「◯◯さん」と呼び、優しい目をして昔話をします。
義母はひとりの女性として、とても幸せな人だったのです。
罅入りし珈琲碗に
洎夫藍のくさを植ゑたり。
その花ひとつひらけば
あはれや呼吸のをののく。
昨日を憎むこころの陰影にも、時に顫えて
ほのかにさくや、さふらん。